10年以上前の生前贈与は相続に関与する? 持ち戻しや遺留分の計算方法
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被相続人の生前に多額の財産を贈与された相続人がいる場合には、他の相続人と同様に遺産を相続するとなると不平等な結果となります。民法では、このような不平等な事態を解消する目的で、特別受益の持ち戻しという制度が認められています。
令和元年の民法改正により、遺留分侵害額請求の際の持ち戻しの対象となる生前贈与は、相続開始前10年以内のものに限られるといった新たな規定が設けられるようになりました。このほかにも生前贈与の持ち戻しに関しては、さまざまなルールが存在しますので、きちんと理解しておくことが大切です。
今回は、10年以上前の生前贈与と特別受益の持ち戻しの関係について、ベリーベスト法律事務所 豊中千里中央オフィスの弁護士が解説します。
1、相続における生前贈与の取り扱い
相続が発生した場合には、被相続人の生前に行われた生前贈与はどのように取り扱われるのでしょうか。
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(1)相続と生前贈与との関係
生前贈与とは、生きている間に自己の財産を第三者に無償で譲り渡す行為をいいます。年間110万円までは贈与税が非課税とされていることから、生前に相続財産を減らして相続税の負担を軽減するといった相続対策として利用されることがあります。
しかし、被相続人の生前に多額の生前贈与を受けた相続人がいる場合には、遺産相続の場面で考慮しなければ不公平な事態になることがあります。そこで、生前贈与がある場合には、相続分の計算の場面および遺留分の計算の場面において、特別受益の持ち戻しという特別な扱いがなされています。
なお、全ての生前贈与が特別受益にあたるものではありません。
特別受益に該当するのは
① 婚姻のための贈与
② 養子縁組のための贈与
③ 生計の資本としての贈与
に限ります。 -
(2)生前贈与の注意点
生前贈与をする場合には、以下の点に注意が必要です。
① 贈与契約書を作成する
生前贈与は、財産を渡す側(贈与者)と財産をもらう側(受贈者)との間の贈与契約によって行われます。贈与契約は、口頭でも行うことができますが、口頭での契約は、契約の存在や契約の内容をめぐって後日トラブルになるおそれがありますので、必ず贈与契約書を作成するようにしましょう。
② 高額な贈与税が課税されるリスクがある
生前贈与には、年間110万円という非課税枠がありますが、それを超えて贈与をした場合には、超えた部分に対して贈与税が課税されることになります。相続対策としても利用される生前贈与ですが、贈与税と相続税の税率を比較すると、贈与税の税率の方が高めに設定されていますので、相続対策として行った生前贈与がかえって税負担を重くしてしまうことがあります。
そのため、生前贈与をする場合には、贈与税と相続税の負担を比較しながら慎重に行っていく必要があります。
③ 将来の相続トラブルにも配慮する
生前贈与がなされると、生前贈与を受けた相続人と他の相続人との間では、最終的にもらうことができる財産に大きな差が生じることがあります。相続する遺産に偏りが生じることによって、不満を抱いた相続人との間で、遺産分割や遺留分をめぐるトラブルが生じることもあります。
そのため、生前贈与をする場合には、将来の相続トラブルにも配慮した形で行うことが大切です。 -
(3)遺留分侵害額を請求できる人
相続人には、法律上、最低限度の遺産の取得割合として遺留分が保障されています。遺留分を侵害する内容の遺言書であっても、法律上は有効ですが、遺留分を侵害された相続人は、他の相続人に対して、遺留分侵害額請求をすることによって、侵害された遺留分に相当する金銭を取り戻すことができます。
ただし、遺留分侵害額請求をすることができるのは、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人に限られています。
2、10年以上前の生前贈与と遺留分
10年以上前に特別受益にあたる生前贈与があった場合に、遺留分の計算にあたってはどのような影響があるのでしょうか。以下では、特別受益にあたる生前贈与と遺留分との関係について説明します。
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(1)10年以上前の生前贈与は遺留分の計算では考慮されない
これまでは、法定相続人に対して生前贈与があった場合には、特に期間制限なく、すべての特別受益にあたる生前贈与のすべてが遺留分の計算にあたって考慮されていました。しかし、何十年も前に行われた生前贈与についても遺留分の計算で考慮されるとなると、立証が困難なものまで含まれてしまい、遺留分に関する争いが複雑化・長期化するとの指摘がありました。
そこで、令和元年の民法改正では、法定相続人に対する特別受益については、相続開始前10年以内のものに限って、遺留分の計算で考慮する旨の規定が創設されることになりました。そのため、相続開始前10年よりも昔になされた生前贈与については、遺留分の計算においては考慮されることはありません。 -
(2)10年以上前の生前贈与でも相続時に持ち戻しが可能
特別受益の持ち戻しに関する期間制限は、遺留分の計算の場面において適用される規定です。遺産分割の場面においても、特別受益の持ち戻しがなされることがありますが、この場合には、特別受益の持ち戻しに関する期間制限の適用はありません。
したがって、遺産分割においては、10年以上前の生前贈与であっても相続時に持ち戻しをすることが可能です。
遺留分の計算の場面と遺産分割の場面では、特別受益の持ち戻しの期間制限の適用について、扱いが異なっていますので注意が必要です。
3、生前贈与がある場合の持ち戻し計算
特別受益にあたる生前贈与がある場合には、相続分の計算においてどのように考慮されるのでしょうか。以下では、生前贈与と相続分の計算との関係について説明します。
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(1)特別受益の持ち戻しとは
生前に被相続人から多額の贈与を受けていた場合には、被相続人の遺産を相続する相続人間において、相続する遺産に偏りが生じるケースがあります。相続と生前贈与とは別だと考える方もいるかもしれませんが、生前贈与は、実質的には遺産の前渡しにあたりますので、生前贈与を踏まえて、各相続人の相続分を算定するのが公平であるといえます。
そこで、民法では、特別受益にあたる生前贈与を相続財産に持ち戻して計算することになっています。これを特別受益の持ち戻しといいます。 -
(2)特別受益の持ち戻し免除の意思表示の推定
特別受益の持ち戻しについては、被相続人の意思によって持ち戻しを免除することも可能です。この場合の被相続人の意思は、明示的なものに限らず黙示の意思表示でも足りると考えられています。
もっとも、明示または黙示の意思表示がなかったとしても、配偶者に対する居住用不動産の生前贈与については、持ち戻しの免除があったと考えるのが妥当なケースも多く存在しています。そこで、令和元年の民法改正によって、配偶者に対する居住用不動産の生前贈与については、以下の要件を満たす場合には、被相続人による持ち戻しの免除があったものと推定されるという取り扱いになりました。- 被相続人からその配偶者に対する遺贈または贈与であること
- 夫婦の婚姻期間が20年以上であること
- 遺贈または贈与の対象物が居住用不動産(建物、土地)であること
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(3)生前贈与の持ち戻しの計算例
生前贈与がなされた場合には、遺産分割の場面においてどのような計算で特別受益の持ち戻しがなされるのでしょうか。以下では、具体的なケースを挙げて説明します。
(設例)
- 相続人は、配偶者A、長男B、長女C
- 相続財産の総額は3000万円
- 被相続人から長男Bに対して600万円の生前贈与があった
上記の設例において、特別受益の持ち戻しをしなかった場合には、3000万円のみが相続財産になりますので、その場合の各相続人の取得分は以下のようになります。
配偶者A:1500万円
長男B:750万円
長女C:750万円
これに対して、特別受益の持ち戻しをした場合には、相続財産は3600万円になりますので、各相続人の取得分は以下のようになります。
配偶者A:1800万円(3600万円×2分の1)
長男B:300万円(3600万円×4分の1-600万円)
長女C:900万円(3600万円×4分の1)
4、10年以内の生前贈与がある場合の遺留分侵害額請求
被相続人の死亡の10年前までに生前贈与がなされた場合には、遺留分の計算において生前贈与が考慮されることになります。この場合の遺留分侵害額は、以下のように計算し、請求していくことになります。
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(1)遺留分侵害額の計算方法
遺留分侵害額は、「遺留分算定の基礎となる財産×遺留分割合」という計算式によって算出します。
① 遺留分の基礎となる財産
遺留分の基礎なる財産は、以下のような計算式によって算出します。遺留分の基礎となる財産
=相続開始時に被相続人が有していた財産+贈与財産の金額-相続債務の金額
また、遺留分の算定の基礎となる贈与財産には、以下の財産が含まれます。
- 相続開始前の1年間になされた贈与
- 当事者双方が遺留分権利者に対して損害を加えることを知ってなされた贈与
- 相続開始前10年間になされた相続人に対する贈与
② 遺留分割合
遺留分の割合は、相続人が誰であるかによって以下のように異なってきます。- 父母などの直系尊属のみが相続人である場合……法定相続分×3分の1
- それ以外の場合……法定相続分×2分の1
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(2)遺留分侵害額請求の方法
遺留分を侵害された相続人は、遺留分を侵害している相続人に対して、遺留分侵害額請求をすることになります。遺留分侵害額請求の方法には、法律上の決まりはありませんが、遺留分侵害額請求をしたという証拠を残すためにも、配達証明付きの内容証明郵便を利用して行うようにしましょう。
なお、遺留分侵害額請求は、遺留分権利者が自己の遺留分が侵害されていることを知ったときから1年以内に行わなければなりません。非常に短い期間制限となっていますので、遺留分の侵害を知った場合には、早めに請求するようにしましょう。
5、まとめ
民法改正によって、遺留分の計算で考慮される法定相続人に対する生前贈与は、相続開始前10年間になされたものに限られることになりました。生前に多額の財産をもらった相続人がいる場合には、特別受益の持ち戻しを主張して、公平な遺産分割を実現するようにしましょう。
生前贈与が問題となる遺産分割や遺留分侵害額請求は、対象財産の把握や計算が非常に複雑となりますので、弁護士に相談をすることをおすすめします。遺産分割や遺留分侵害額請求でお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 豊中千里中央オフィスまでお気軽にご相談ください。
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