持ち戻し免除とは? 特別受益と遺言、熟年夫婦の居住住宅

2022年01月13日
  • 遺産を残す方
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持ち戻し免除とは? 特別受益と遺言、熟年夫婦の居住住宅

豊中市が公表している「令和2年豊中市統計書」によると、令和2年の豊中市での死亡者数は3822人でした。相続は、人の死亡によって開始しますので、この統計からは、豊中市内でも毎年一定数の相続事案が発生していることがわかります。

生前贈与や遺贈などによって特定の人に対して財産をあげたとしても、遺産分割の場面で特別受益の持ち戻しがなされれば、各相続人の具体的相続分は平等となってしまいます。これでは、特定の人により多くの財産を与えたいという希望を叶えることができません。しかし、このような場合には、生前に特別受益の持ち戻しの免除をしておくことによって、配偶者や子どもへの資金援助を遺産分割の対象外とすることができます。

今回は、このような特別受益の持ち戻しの免除について、ベリーベスト法律事務所 豊中千里中央オフィスの弁護士が解説します。

1、持ち戻し免除の意思表示とは

特別受益の持ち戻し免除の意思表示とは、どのような制度なのでしょうか。

  1. (1)特別受益とは

    特別受益とは、相続人が被相続人の生前に被相続人から贈与を受けていたり、相続開始時に遺贈を受けているなどして特別の利益を受けることをいいます。民法では、特別受益にあたるものとして、以下のものを挙げています。

    • ① 遺贈
    • ② 婚姻のための贈与、養子縁組のための贈与、生計の資本としての贈与


    民法の規定からも明らかなように、遺贈についてはすべてのものが特別受益として扱われますが、生前贈与については「婚姻」、「養子縁組」、「生計の資本」としての贈与に限られます。

    このように特定の贈与だけを特別受益の対象としたのは、あらゆる贈与を特別受益とみなすと計算が煩雑になること、被相続人の通常の意思からすると少額の贈与は特別受益とみなすべきではない、などの理由が挙げられます。

  2. (2)特別受益の持ち戻しとは

    民法では、相続が開始した場合の相続分割合を法定相続分として定めており、同順位の相続人間では、法定相続分は平等とされています。しかし、被相続人から遺産の前渡しと評価できるほどのまとまった生前贈与を受けた相続人がいる場合には、遺産分割においてこの生前贈与をまったく評価しないでいると、相続人間で不平等な事態が生じてしまいます。

    そこで、生前に受けた利益(特別受益)を遺産に組み入れることによって、相続人間の不平等を是正する目的で行われるのが特別受益の持ち戻しです(民法903条1項)。

    具体的には、特別受益を受けた相続人がいる場合には、特別受益の価額を相続財産に加えて相続分を算出し、そこから特別受益を控除して特別受益者の具体的相続分を算定します。

  3. (3)持ち戻し免除の意思表示とは

    被相続人が特別受益の持ち戻し免除の意思を表示していた場合には、特別受益の持ち戻しは行われません。これを「持ち戻し免除の意思表示」といいます。

    特別受益の持ち戻しが行われるのは、相続人間の衡平を図るとともに、それが被相続人の通常の意思に合致すると考えられているからです。そのため、被相続人が持ち戻し免除の意思を表示した場合には、その意思に従い、特別受益の持ち戻しはできなくなります。

  4. (4)持ち戻しの免除によっても遺留分を侵害できない

    相続人には、最低限の遺産の取得割合として遺留分が保障されています。遺留分算定の基礎となる財産を計算する際には、相続開始時に有していた財産に特別受益に該当する生前贈与を加えて計算することになりますが、被相続人による持ち戻し免除の意思表示がなされていた場合には、どのような扱いになるのでしょうか。

    この点について、最高裁判所は、被相続人による持ち戻し免除の意思表示がなされていたとしても、贈与価額は遺留分算定の基礎となる財産に算定されると判断しています(最高裁平成24年1月26日判決)。

    そのため、被相続人による持ち戻し免除の意思表示があったとしても遺留分には影響はありません。

2、持ち戻し免除を行う方法

特別受益の持ち戻し免除を行う場合には、以下のような方法で行います。

  1. (1)生前贈与に対する持ち戻しの免除の方法

    持ち戻しの免除の意思表示には、特別の方式を必要とされていません。そのため、被相続人は、贈与と同時またはその後に、明示または黙示の方法で行えばよいとされています。

    実務上は、明示的に持ち戻し免除の意思表示がなされることは少なく、後述する黙示の意思表示があったかどうかが争いになることが多いです。持ち戻し免除の意思表示の有無をめぐって将来相続人同士で争いになることを防止するためにも、持ち戻し免除をする意思がある場合には、遺言書などによって明示的に行うことをおすすめします

  2. (2)遺贈に対する持ち戻しの免除の方法

    遺贈の場合には、遺贈自体が要式行為であることから、持ち戻し免除の意思表示については、生前贈与の場合と比較して、より明確な意思表示の存在が要求されると考えられています。そのため、遺贈の場合の持ち戻し免除の位置表示は、遺言によって行うのが安全でしょう。

3、明示的な意思表示がなくても持ち戻しの免除が認められるか?

明示的な持ち戻し免除の意思表示がない場合には、黙示の意思表示があったかどうかによって持ち戻し免除を認定することになります。では、黙示の意思表示はどのように認定するのでしょうか。

  1. (1)持ち戻し免除の黙示の意思表示

    実務上は、被相続人が明示的な持ち戻し免除の意思表示をすることなく亡くなった場合に、持ち戻し免除の意思表示を推認することができるかどうかがよく問題になります。

    被相続人による黙示的な持ち戻し免除の意思表示があったかどうかは、以下の要素を考慮して、当該贈与相当額を他の相続人より多く取得させるだけの合理的な事情が認められるかどうかを判断します。

    • ① 贈与をした経緯
    • ② 贈与の趣旨
    • ③ 贈与後、被相続人が受贈者から利益を得ていたか
  2. (2)婚姻期間が20年以上の夫婦の居住用建物・敷地について

    長期間生活していた夫婦が配偶者から居住用不動産の贈与を受けた場合にも、特別受益として持ち戻しの対象になると、遺産分割時に配偶者が取得することができる遺産がその分減ってしまうことになります。これでは、被相続人死亡後の配偶者の生活が著しく不安定なものとなってしまいます。

    そこで、相続法の改正によって、以下の要件を満たす場合には、被相続人による持ち戻し免除の意思表示があったものと推定することによって、被相続人の配偶者の保護を図ることができるようになりました。

    • ① 遺贈または贈与時において婚姻期間が20年以上あること
    • ② 遺贈または贈与の目的物が居住用の建物または敷地であること

4、持ち戻し免除のモデルケース

被相続人による持ち戻し免除の意思表示があった場合には、具体的相続分はどのように変わってくるのでしょうか。以下では、持ち戻し免除の意思表示がないケースと意思表示があったケースを挙げて説明します。

相続人………………配偶者A、長男B、長女C
被相続人の遺産……預金3000万円

配偶者A……………2000万円の生前贈与を受けている
長男B………………住宅建築費用として1000万円の生前贈与を受けている


  1. (1)持ち戻し免除の意思表示がない場合

    このケースで持ち戻し免除の意思表示がなかった場合には、A、B、Cの具体的相続分は、以下のようになります。

    • ① 配偶者Aの具体的相続分
      (3000万円+2000万円+1000万円)×1/2-2000万円=1000万円
    • ② 長男Bの具体的相続分
      (3000万円+2000万円+1000万円)×1/4-1000万円=500万円
    • ③ 長女Cの具体的相続分
      (3000万円+2000万円+1000万円)×1/4=1500万円
  2. (2)持ち戻し免除の意思表示があった場合

    上記のケースで、配偶者であるAへの贈与について被相続人の持ち戻し免除の意思表示があった場合、各相続人の具体的相続分は以下のようになります。

    • ① 配偶者Aの具体的相続分
      (3000万円+1000万円)×1/2=2000万円
    • ② 長男Bの具体的相続分
      (3000万円+1000万円)×1/4-1000万円=0円
    • ③ 長女Cの具体的相続分
      (3000万円+1000万円)×1/4=1000万円


    持ち戻し免除の意思表示がなかったケースと比較すると、被相続人の配偶者Aが取得することができる遺産は2000万円も増えることになります。

5、遺産相続についての悩みは弁護士へ

遺産相続についてお悩みの方は、弁護士に相談をすることをおすすめします。

  1. (1)持ち戻しの免除を明示した遺言書の作成が可能

    持ち戻し免除の意思表示については、特別な方式を必要とされていませんので、明示的な方法だけでなく黙示的な方法でも可能です。しかし、明示的な意思表示がない事案では、黙示的な意思表示があったかどうかをめぐって相続人同士で争いが生じることがあります。そのため、持ち戻し免除の意思表示は、明示的な方法によって行うことが大切です。

    弁護士であれば、遺言者の希望を最大限考慮した内容で遺言書を作成するとともに将来持ち戻し免除の意思表示をめぐって争いが生じない内容にすることも可能です

  2. (2)持ち戻し免除の意思表示が認められるようにサポート可能

    被相続人が明示的な持ち戻し免除の意思表示をすることなく亡くなってしまった場合には、持ち戻し免除の効果を受けようとする相続人は、黙示の持ち戻し免除の意思表示があったことを主張していく必要があります。

    持ち戻し免除の意思表示は、遺産分割協議や遺産分割調停で主張していくことになりますが、持ち戻し免除の意思表示が認められると、他の相続人としては最終的に取得する遺産が減ることになりますので、相続人間で意見の対立が生じ、うまくまとまらないことがあります。

    弁護士であれば、法的観点から黙示の持ち戻し免除の意思表示があったことを主張立証して、他の相続人を説得することができますし、話し合いで解決できない事案については、審判や訴訟などの法的手続きをとることもできます。

6、まとめ

特別受益の持ち戻し免除の意思表示をすることによって、特定の相続人に対してより多くの財産を残すことができます。遺言書の作成を検討している方は、過去の生前贈与などを振り返ってみて、必要があれば持ち戻し免除の意思表示を行ってみるとよいでしょう。

遺言書の作成や相続に関するトラブルでお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 豊中千里中央オフィスまでお気軽にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています